想い出のパーツ VOL.1 南海鉄工 フリーコースターハブ(その一)

 - by Skip

DIG-IT BMX 想い出のパーツ
第一弾は何といっても 南海鉄工フリーコースターハブ!

DIG-IT を始めた1990年代初頭 フリーコースターといえば サンツアーだったけど、サンツアーはこの時点でもう生産中止されていた。
そのサンツアーのコースターハブ(これもブレーキを抜いて改造してフリーコースターとして使用してた)をライダーは部品をどこかで探してきたり、この当時スポーク本数が48だったので48穴にフランジを付け替えたりして使っていました。Standard Bykesのリック・モリターノとかはコースターブレーキハブのままで使用していたりもしました。
なぜ、そんなにサンツアーのハブが愛されていたのかというと僕の友達 Jesse Puente曰く、「ちょっと壊れても乗れる」ということだったのです。
今のライダーにその気概があるかどうかは僕にはわからないけれど、当時のライダーにとって一番避けたいことはBMXが壊れて乗れなくなることだったのです。
とにかくちょっと壊れても何とか乗れる、そんな部品、フレームが愛されていたのです。
サンツアーのハブはフリーが壊れたりガタがでても何とか回ってくれたし練習することは出来た。
壊れてハブがロックして回らなくなってしまったり、ホイールとしての役目を果たさなくなってしまうと言う事がとても少なかったんです。
だから愛されていた。つまり耐久性があると言う事。
余談だけど当時はフレームとかもそう。軽いなんてことはみんな気にしていなかった。
頑丈で折れない、乗れなくならないフレームが好まれていたのです。
今じゃ考えられませんがそうだったんです。

VINTAGE PARTS - 31
*これがサンツアーのハブシェル

そんな、愛されていたサンツアーのフリーコースターハブですが、いくら耐久性があると言ってももう部品もないしどんどん数は減っていく一方で中古でさえ手に入りにくくなっていました。
そんなとき、ライダーからフリーコースターハブ手に入りませんか?と相談されたんです。
もうサンツアーを手にれるのはとても無理。
ならサンツアーにもう一度生産できないか聴いてみようと思って電話してみました。
当時のサンツアーはシマノと並ぶ日本の代表的な自転車パーツブランドでしたから大企業に一介のBMX屋が電話するって結構勇気が要りました。
そして話を聞いてくれた方は僕の記憶が正しければ熊本出身の方で同じ九州出身と言う事で凄く親身に相談に乗ってくださいました。
その方からいわれたのは、もうサンツアーがコースターブレーキハブを作ることはないので知り合いのハブメーカーでフリーコースターにしても使えるハブがあるか調べて見ますねと言う事でした。
そしてしばらくしてから、使えそうなハブメーカー見つけましたので、今度そちらい寄りますねと電話がありました。
約束の日、その方サンツアーのKさん。わざわざ当時ディギットのあった神奈川県厚木まで足を運んでくださいました。
本当に有り難かったです。持つべきは九州人。てな訳です。

そして紹介して頂いたのが南海鉄工、のちのテクノ南海さんでした。

なぜ南海鉄工のハブは成功したのか?
続きは近日また。

HUB-NKOLD - 2
*初期の南海鉄工フリーコースターハブ(最初はディギット・フリーコースターハブという名前で売り出したんです!)

Leave a comment